ブルーノ・セナ
13位|14P
Bruno Senna
| チーム/車番 |
ウィリアムズ/19 |
| 国籍/出身地 |
ブラジル/サン・パウロ |
| 生年月日 |
1983年10月15日 |
| 身長/体重 |
180cm/69kg |
| F1デビュー |
2010年バーレーンGP(ヒスパニア・レーシング) |
| 初優勝 |
- |
| 前回優勝 |
- |
2012年の成績一覧
過去の戦績一覧
| 年 |
チーム |
順位 |
PTS |
参戦 |
最高位 |
優勝 |
表彰台 |
FL |
BG |
PP |
| 2010 |
ヒスパニア・レーシング |
23位 |
0 |
18 |
14位 |
0 |
0 |
0 |
7位 |
0 |
| 2011 |
ロータス・ルノーGP |
18位 |
2 |
8 |
9位 |
0 |
0 |
0 |
7位 |
0 |
※PTS:獲得ポイント 参戦:参戦回数 優勝:優勝回数 表彰台:表彰台獲得回数 FL:ファステストラップ回数 BG:ベストグリッド PP:ポールポジション回数
ドライバー紹介
ブルーノ・セナは、その名が示すとおり、1980年代から1990年代にかけて活躍した伝説的F1ドライバー、アイルトン・セナの甥(おい)。アイルトンの姉の息子である。
幼少時代には、ブルーノもカートで走っており、アイルトンはブルーノの速さを高く評価していたと言われる。しかし、アイルトンがレース中の悲劇的な事故で命を落としたことなどから、ブルーノの親族はレース活動に反対。しかし、アイルトンの友人であった元F1ドライバー、ゲルハルト・ベルガーなどが親族を説得したこともあり、ブルーノは比較的遅い段階から本格的なレース活動を開始した。
本格的にレースを始めたのが2004年であったが、2010年には異例の早さでF1デビューを果たす。しかし、所属チームがこの年からF1参戦を開始したHRTであり、チームが資金面の問題を抱えたことも組み合わさり、目立った成績を残すことはできなかった。
2011年は控えドライバーとしてロータス・ルノーGPに移籍。そして、第12戦ベルギーGPからニック・ハイドフェルドに代わってレースドライバーに昇格した。だが、この年限りでロータス・ルノーGPを離脱。2012年はアイルトンが最後に所属したチーム、ウィリアムズへ移籍した。
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